『感情を感じる』が苦手なあなたへ
- 6 時間前
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雨の日に、傘をささずに歩く人がいます。
濡れることを前提にして、そのまま感情の中に入っていく人。
喜びも悲しみも、しっかり濡れる。
服の奥まで染みて、しばらく乾かない。
一方で、少し離れた場所に立っている人もいます。
悲しい。嬉しい。怒っている。
それを、「今、こういう天気を通っている」そんなふうに眺めている感じ。
感情が薄いわけではありません。
ただ、浸からないだけです。
ちゃんと感じているのに、気づくと、もう別の場所に立っている。
その立ち位置を、冷たいと言われたことがあるかもしれません。
だから、
「もっと感じて」
「感じ切って」
「ハートを開いて」
そう言われると、どこか息苦しくなる。
あなたは、感情の中に長居するタイプではないだけ。
触れた瞬間に、形が変わってしまう。
悲しさは、「悲しい」という塊のままそこに留まらない。
意味になったり、位置が分かったり、流れとして見えてきたり。
怒りも、爆発する前に、どこから来て、どこへ向かうのかが見えてしまう。
水の中に入らず、岸から全体を見る。
その場所にいる人は、同じ温度で泣くことは少ないけれど、
出口が見えなくなることも、あまりない。
だから、誰かが感情の中で迷子になっているとき、無意識に距離を取ってしまう。
近づきすぎると、自分が立っている場所まで揺れてしまうことを、身体が知っているから。
それは冷たさではなく、役割の違い。
多くの人にとって共感は、「一緒に濡れること」。
でもあなたの共感は、
「濡れないまま、出口があると伝えること」。
海に一緒に入る人も必要だし、岸に立っている人も必要。
ただ、みんなが濡れている世界では、乾いている人は目立ちます。
岸に立っていることは、長い間、あまり褒められません。
けれど、誰かが戻ってくるとき、岸が消えていなかったことに、
あとから気づいて、ホッとされる。
あなたは、感情を感じない人ではありません。
感情の中に、住まない人。
だからこそ、説明しなくても伝わる人が、ちゃんといます。
Makiko



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