真面目を手放す
- 2025年12月23日
- 読了時間: 3分
こんにちは。さえこです。
今日は、数日前にふと出てきた動画の個人的メモです。
空海さんの教えのようです。
私は空海さんについてあまり詳しくなく、この内容が空海さんの教えなのか言葉なのか、またその解釈の真偽もよくわかりません。
でも、心に入ってきたのでメモしたくなりました。
真面目をやっている人、やっていた人には共感できることがあるのでは。

真面目に生きれば生きるほど心が固くなる。
真面目な人ほど人生を正解探しにしてしまう。成功したかどうか、立派かどうかなんてことではなく、どれだけ軽やかな心で在れたかが大事。
人生は少しふざけるくらいがちょうど良い。
真面目を手放すと真の自由が得られる。
真面目は美徳ではなく一種の病。怠けることが怖くなり常に自分を正そうとする。
真面目な人ほど心を壊す。
「正しくありたい」「評価されたい」これも煩悩。
「ちゃんとしている自分」への執着を手放さない限り、心は自由ではない。
力を抜くことを忘れた真面目さや緩めることを忘れた心は危険。
「緩める」「力を抜く」「手放す」これこそが真の修行。
人生と戦う姿勢をやめる。うまくいかない現実に歯を食いしばって立ち向かうのではなく、少し距離を取りその状況を眺める。
人の苦しみの多くは抵抗から生まれる。
失敗も単なる現象。そういう日もあると笑って受け流す余白、柔らかさを持つ。
完全であろうとしない。完璧を目指した瞬間、心は固くなる。未完成な自分を認める。
力み続ける努力はしない。力を抜いた状態の方が、物事は自然に流れだす。
真面目な人ほど人生をコントロールしようとする。
「任せる」感覚を大切にする。流れに身を任せ、必要以上に抵抗しない。
結果への執着を手放す。うまくいってもいかなくてもそういう流れなのだと受け取る。
人生は力を抜いたら動き出す。必死に掴もうとすると流れは滞る。
真面目を手放すと物事は動き出す。力を抜いた人に流れはくる。
運を引き寄せるには力を抜くこと。自分で自分を追い詰めることを手放す。
心に余白が生まれ、今まで見えていなかったことが見えてくる。
自力に固執すると孤独になる。
真面目な人ほど1人で背負おうとするが、これでは運の流れを絶ってしまう。
運は縁を通してやってくる。縁を受け取るには、心が柔らかくあること。
真面目を捨てた人の心は丁度良く緩み、縁が自然に入り込む余白ができる。
評価や人の目は風のようなもの。
吹いては消え、形を持たないにも関わらず、その風を実体のある壁のように感じてしまう。ここに苦しみのからくりがある。
他人の評価を絶対的なものとして受け取らず、そう思う人もいるのだという1つの現象として眺める。その距離感が心を自由にする。
評価に対して、過度に舞い上がることもなく、深く沈むこともなくなることで、感情の振れ幅が小さくなり心が安定する。
評価は実体がない、無常なもの。絶対的なものでもないし、壁でもない。
ただの現象でしかない。そこに意味づけすることもないし、囚われるものでもない。
評価に縛られる限り、本当の挑戦をすることができない。無難を選ぶ。
失敗できない人は人生の幅が狭まる。安全な選択ばかりすることは、一見賢くみえるが成長を止めてしまう。
失敗も縁の1つ。失敗するからこそ見える景色、縁がある。
失敗を美化するわけではなく、深刻に捉え過ぎないこと。
失敗に意味を持たせると、そこに縛られてしまう。
そういうこともあると一度受け止める。その余白が次の一歩を生み出す。




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