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幸せとひとつの生き物

子どもの頃に夢中になっていたことには、


大人になってからの幸せのヒントがある。


という話がありますよね。



私の子どもの時を振り返ると、



「公園の滑り台の上に座り、ただ空を見上げている子ども」と


「草花および石をむやみに触っている子ども」



の情景が幸せの象徴のように浮かび上がってきます。



問いかけても、


具体的に何が楽しいとか嬉しいとかは返ってきません。


それが全てとでも言うように。



本当は、サッカーとかピアノとか具体性のある


誰に伝えてもわかってもらいやすい"夢中"が良かったなと


思ったことは数知れず。



ですが、やはり、今も同じだなぁと思います。


ただ、空を見上げることも、草花や石にむやみに触れることも。


幸せの象徴は、今も確かに私の中で息づいているのです。





「〇〇には、


呼吸する係とか、ご飯を食べる係とか、寝る係とかがあるんです。


何か自分の得意なことをやっていて、


それぞれが係の仕事をしていると、


全体がちゃんとひとつの生き物として成り立つんですよ」



これは、何年か前に、とある方に教えて頂いた話です。



記憶はちょっと曖昧で、


SF的な話だったのか、ゲームの話だったのか、


肝心の〇〇に入る言葉をすっかり忘れてしまっているのですが、


なんとなく、この話が好きでふと思い出します。




私は、空を見上げる係で、草花や石に触れる係。


これをしていることで、何か全体のためになっているのかもしれない。



そう思うと、抽象的な私の幸福は、いよいよ輪郭を得られた気持ちになって


ちょっとだけ誇らしくなるのです。




あなたは、何の係ですか?


ワタシは打ち出の小槌をふる係。by大黒天
ワタシは打ち出の小槌をふる係。by大黒天


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