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才能を使い切って、神様の前に立ちたい

——20年間の勘違いから生まれた、オンライン講座



今から約20年前。


私はある一言に出会い、それ以来、


その言葉を人生の羅針盤(座右の銘)として大切に抱えて生きてきました。



When I stand up before God at the end of my life,

I would hope that I would not have a single bit of talent left and could say,

"I used everything you gave me."



「人生の終わりに神の前に立ったとき、私は一滴の才能も残さずこう言いたい。 『あなたが私にくださったものは、すべて使い切りました』と」 —— エルマ・ボンベック



この一文に触れた瞬間、私の心には稲妻が走りました。


「なんて崇高で、なんてストイックな決意だろう」と。


私は確信していました。


このエルマ・ボンベックという人物は、

どこか遠い国の山奥で瞑想に励む偉大な哲学者か、

あるいは人々に光を説く高潔なスピリチュアルリーダーに違いない、と。



ところが、ある日のことです。


ふとした拍子に、彼女の名前を検索してみたのです。


画面に現れたのは、白いひげの賢者でも、光り輝く聖者でもありませんでした。



そこにいたのは、


「今日、洗濯機が壊れたのよ!」と嘆き、


散らかったリビングで子供たちに翻弄されながら、


その日常のドタバタを最高に皮肉たっぷりの笑いに変えていた、


アメリカの「普通の主婦」であり、ユーモア作家でした。



私は椅子から転げ落ちそうになりました。


20年間、私が「聖なる教え」だと思って崇めていた言葉の主は、


キッチンのシンクで皿を洗いながら、

日常の「可笑しみ」を綴っていた女性だったのです。



でも、その瞬間に気づきました。


本当のスピリチュアルとは、本当の「光の主権」とは、特別な場所にあるのではない。


「靴下が片方消えた!」と騒ぐような、この泥臭い日常の中にこそあるのだ、と。





「才能を使い切る」とは、日常を遊び尽くすこと


エルマが教えてくれたのは、「才能を使い切る」とは、

何も世界的な偉業を成し遂げることだけではない、ということです。



  • 家族の無理解を笑いに変えること。

  • 失敗して床にぶちまけたご飯を「点灯式」だと面白がること。

  • 誰に何を言われても「知らんがな」と自分のペースを守ること。



これらすべてが、神様から授かった「自分という光」を使い切る行為そのものだったのです。



私は、彼女から受け取ったこの20年越しのインスピレーションを、

どうしても形にしたいと思いました。


「光の主権」という高尚な哲学を、

あえて「洗濯機の裏側」や「おやつの時間」にまで引きずり下ろして、

徹底的に遊び尽くすためのプログラムです。




奇想天外な10日間、始まります。


そうして生まれたのが、10日間のステップメールプログラム


『光の主権と、消えた片方の靴下 〜銀河の法則を、エプロン姿でハッキングする10日間〜』です。


このプログラムでは、私が「宇宙銀行 静謐監査官」として、

あなたの日常に潜む「光の宝物」を一緒に発掘していきます。



  • 冷蔵庫の奥から始まる「光の儀式」

  • 宇宙もおでんも「出汁」が決め手

  • 聖なる呪文の伝授



……などなど、従来の「意識高い系」プログラムとは一線を画す、

笑いと涙と、そして少しの毒気が混ざった10日間をお届けします。



エルマが言ったように、私も人生の最後に「全部使い切った!」と笑って報告したい。


そして、あなたにも、ご自分の才能と光を、

この日常の中で一滴残らず使い切っていただきたいと思います。



あなたの野菜室の片隅で、お待ちしています。



完全無料💫



光の主権を、その手に。



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