実家とバリ島
- 1月4日
- 読了時間: 5分

あけましておめでとうございます!
今月のゲストライターをさせていただくテルポンです。
よろしくお願い致します。
1年の3分の2は主人と二人でバリ島。
残りの3分の1は、私の実家で私の母と3人暮らし。
バリ島に通い始めたのが15年前からで、日本で母と一緒に暮らすようになってから9年が経つ。
「神々の住む島!いいですね!」
「サーフィン好きなんですか?」
と言っていただくが、全然そんな理由ではなく、最初はなんとなく主人についてきたという感じ。
主人もサーファーではないけれど、バリ島の気候が大好きだ。
子供の頃の夢は、「プールがある家に住むこと」だったらしい。
今、バリ島で借りている家には小さいプールがある。
(バリ島で外国人が住むようなヴィラでは、小さいプールがあることは珍しくない)
バリ島でも日本でもやっていることはあまり変わらない。
主人は、掃除や庭のお手入れ。
私は、料理、洗濯、買い出し。
日本では、母が畑仕事や洗濯などを担当。
何年かかけてそれぞれの役割が決まり、3人の生活のペースに慣れてきた。
でも、最初はなかなか大変だった。
私は小学生から高校卒業までの10年ほどを実家で過ごしてきたから、まだ家や地域の勝手は分かる。
主人は初めての土地で、お姑さんと二世帯住宅でもない家に住むことになる。
「お母さんの家に一緒に住まわせてもらおう!」
と決めたのは主人だ。
実家に引っ越す前から、バリ島と日本を行ったり来たりしていたが、長期間日本の家を留守にすることで、色々な問題が出てきた。
家の老朽化が早くなったり、ご近所や自治会のお付き合いなど、、、
あまり住まない日本の家をメンテナンスしながら、バリ島での生活も維持するのは経済的にも精神的にもこの先負担になってくるのではないかということで、私の実家へ引っ越すことにした。
私達が引っ越した時点で、母は一人暮らし歴10年だった。
60代で父が亡くなり、その翌年に祖父(母にとっては舅)が亡くなった。
時々お互いに行き来はしていたけれど、私が母と一緒に生活するのは25年ぶりだった。
すっかり一人暮らしに慣れた母は昔のイメージと違っていた。
父が生きていた頃は、亭主関白な父に合わせていたから、本当の自分を出せずにいたのだ。
一緒に暮らし始めると、自己主張が強く負けず嫌いな側面を知った。
主人も自己主張が強いので、最初二人はなかなか上手くいかなかった。
私も私で、言わなくてもよいことをいちいち母に言ったりしていた。
でも、ずっと日本にいるわけではないから、バリ島出発の日を一時的なゴールに設定していた。
母も、私達がバリ島へ行くことをとても楽しみにしていた時期があったと思う。
最初の3年ぐらいは、ケンカもしながら、ぎこちない3人生活だった。
主人は自分の感情にとても素直なので、すぐに機嫌が悪くなる一方で、「ごめん!」「ありがとう!」「美味しかった!」という言葉もすぐに出てくる。
そんな主人の一面が、身近な人に感謝の言葉を伝えることが苦手な母や私にも良い影響を与えた。
お互いの心がだんだんと柔らかくなっていくのを感じた。
私の実家は昔から色々な問題があり、祖父と父が口を利くことはほとんどなかった。
家の雰囲気はピリピリしていることが多かった。
そのせいにしてはいけないが、「ごめん!」「ありがとう!」「美味しかった!」という言葉は、家の中であまり聞かなかったし、私も言わなかった。
母と私は、気が合う方ではないと思う。
母のことは好きだし大切に思っている。
そして、母も私や妹のことをとても大切に育ててくれた。
でも、学生時代クラスメートだったら仲良しの友達にはならないと思う。
母はおしゃべり好きで、誰とでも世間話ができる人。
友達ともよく出掛けるし、用事もないのにご機嫌伺いに電話をしたり、電話がかかってきたりする。
私はといえば、自分が興味のある話ならするけれど、誰とでも世間話をするのは苦手。
私は6年ほど前から、スピリチュアルな世界に興味を持ち始めた。
ヒーリングが好きで、色々な人のヒーリングをさせてもらうが、母のヒーリングだけは何故かしたくならなかった。
最初は、一緒に暮らし始めて嫌な側面を見たからかな?と思っていたが、目に見えない世界のことがだんだん分かるようになってくると、カルマが原因だと感じるようになった。
家族はチームで転生するというけれど、母と私も前世から持ち越してきたテーマに取り組む為に今世やって来た。
幼い頃から感じていた母に対する違和感もカルマが原因だったと思う。
母、主人、私の3人生活が始まって、ケンカもしながら、本音を言い合い、許したり許してもらったりしながら、それぞれが自分自身と向き合う機会も増え、だんだんカルマが溶けてきたと思う。
このカルマは、家系のカルマでもあり、長い期間かけて家族皆んなで取り組んできたもの。
母、私、妹以外は、皆んな亡くなったけれど、亡くなった人たちもエネルギーを注いでくれていた。
そして、主人という起爆剤的な助っ人も加わり、そんなこんなで家系のカルマ、母と私のカルマもかなり溶けたように感じている。
この過程で気付いたことは、家族の中で私が一番頑固だということ。
母や主人は、日常の些細なことにマイルールがあり、それを守りたい人。
私は、日常のことはある程度人に合わせることができるけれど、これだ!と思うことがあれば絶対に譲れない人のようだ。
「テルポンは一回言い出したら言うこと聞かへん!」と家族が口を揃えて言う。
私にとって、『実家は浄化が促進する場所、バリ島は緩める場所』という感じで、上手く回っている。
ここ数年は、自分なりに魂の成長の波に上手く乗れた気がしている。
渦中にいる時には、溺れているようにしか思えない時もあったけど、、、
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!
テルポン



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